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大阪地方裁判所 平成4年(わ)4709号 判決

主文

被告人甲を懲役二年に、被告人乙を懲役一年に処する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人甲は、昭和四八年に警察官となり、昭和六〇年四月から平成四年一二月一〇日まで大阪府警察本部地域部第四方面機動警ら隊に勤務する司法警察員巡査であったもの、被告人乙は、昭和五九年に警察官となり、平成二年一〇月から平成四年一二月一〇日まで同機動警ら隊に勤務する司法巡査であったもので、平成四年四月からは被告人甲が車長、同乙が乗務員として警ら用無線自動車に同乗し、犯罪の予防・検挙等の警ら活動に従事していたものであるが、被告人甲は、同年夏ころから、シンナーを吸引して深夜徘徊しているような少女であれば、親等に知らされたくないというその弱みに付け込み、所持品検査を装ってその胸に触るなどすることができるのではないかと考えるようになり、相勤者である被告人乙を引き込むため、同人に対し再三にわたり「シンナーぼけの女の子のおっぱいを二、三回触ったことがある。」などと嘘を言うなどしてその興味を引くようにしたため、被告人乙も、ためらいを感じつつも機会があれば被告人甲と一緒に若い女性の胸に触ってみたいと考えるようになった。そして、被告人両名は、平成四年一二月七日午前二時三〇分ころ、警察官の制服を着用の上、警ら用無線自動車(大阪○○た○○―○○号)に乗車し、警ら隊本部を出発して警ら勤務についたが、その際、運転席の被告人甲が、助手席の被告人乙に対し、シンナーを吸った少女がいたら所持品検査を装ってその乳房を触るなどするという意味で、「おったら分かってるな。」と言い、被告人乙もその意味を了解して「分かってます。」などと答えた。その後被告人両名は、同日午前三時ころ、大阪府東大阪市菱屋東付近道路を走行中、前方に停車中の自動二輪車等が逃げ出すようにして発進したため追尾しようとしたところ、その運転者がシンナーの入っていると思われるジュース缶様のものを口に近付けていたほか、そのそばにいたA(当時一五歳)が自転車で走り出すのを認めたため、同女もシンナーを吸っているものと考え、被告人甲において「あの女いこう。」などと言いながら同女の運転する自転車を追尾した。

(犯罪事実)

被告人両名は、平成四年一二月七日午前三時ころ、大阪府東大阪市菱屋東二丁目八番二三号付近路上において、自転車で走行中の前記Aに停止を求め、同女を前記警ら用無線自動車後部座席に乗車させるなどして職務質問等を実施したところ、同女がシンナー入りジュース缶を所持しているのを発見したことから、所持品検査に名を借りて、同女に強いてわいせつの行為をして陵虐しようと意思を相通じ、被告人甲が同車両を運転し、被告人乙が同車の後部座席に座っている同女の左側に乗車して同所から同車両を発進させ、同車両内において、被告人甲が同女に対し「警察行くか。すぐそこやで。」などと申し向けながら、同市吉田春日六二番地の一にある南松本駐車場まで走行して同所に連れ込み、同日午前三時一〇分ころから同三〇分ころまでの間、同所に駐車した同車両内及びその付近において、同女に対し、こもごも「調べるから服を脱いでくれ。」「ブラジャーのホックをはずせ。」などと申し向け、同女をしてその意に反してコート及びシャツを脱がせ、被告人甲が同女のブラジャーを取り外すなどしながらその乳房を右手更には左手で揉み、あるいは舐め、更に同女に接吻するなどし、被告人乙が同女の乳房を左手で揉むなどの暴行を加えてこもごも同女をもてあそび、もって同女に対し、強いてわいせつの行為をするとともに、陵虐の行為をしたものである。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

罰条 被告人両名につき刑法六〇条、一七六条前段(強制わいせつの点)、一九五条一項(特別公務員暴行陵虐の点)

観念的競合の処理 被告人両名につき刑法五四条一項前段、一〇条(それぞれ重い強制わいせつ罪の刑による。)

(なお、被告人甲の弁護人は、本件において、強制わいせつ罪は特別公務員暴行陵虐罪に包摂されると主張するが、判示のとおり両罪は観念的競合の関係に立つと解すべきである。弁護人援用の各判例は、本件に適切でない。)

(量刑の理由)

本件は、現職の警察官であった被告人両名が、職務遂行のさなかにその職権を悪用して被害者にわいせつの行為を加え、陵虐の行為をしたというものであって、当時被告人両名とも制服を着用していたこと及び犯行場所が一旦緩急あれば一般市民の拠り所となるべき警ら用無線自動車(パトカー)内等であったことをも考慮すれば、あり得べからざる事案であるというほかはない。

被告人両名は、自己の欲望や好奇心を満たすため、当初から機会があればわいせつの行為に及ぶ意図をもって警ら勤務についた上、非行を親や学校等に知られたくないという被害者の弱みに付け込み、被害を申告されることはないであろうという見込みの下に、羞恥心から涙を流している被害者を執拗にもてあそんだものであって、その動機に酌量の余地はなく、犯行態様も悪質である。

また、本件犯行は、一五歳の被害者に対し多大な屈辱感を味あわせるなど著しい肉体的、精神的苦痛を与えたにとどまらず、一般市民の警察に対する信頼を損ない、日夜精勤する多くの警察官の士気にも影響を及ぼしたと思われるのであって、その結果もまた重大である。

したがって、被告人両名について、被害者に対しそれぞれ金三〇万円を支払って示談が成立し、被害者の父親の嘆願書が提出されていること、現在では被告人両名とも本件犯行を深く反省し、今後は真面目に働いていくと申し述べ、その妻、父親もしくは雇い主が被告人らの今後の監督を約束していること、被告人らは既に懲戒免職処分を受けるなど、社会的制裁も受けていると認められること、被告人らに前科・前歴がないことなどの有利な事情を十分に斟酌しても、なお被告人両名ともに厳しい非難を免れず、実刑に処するのが相当である。

ところで、被告人甲は、先輩として相勤者である被告人乙を指導する立場にありながら、かねてより本件に類似する行為を行うとともに、被告人乙の興味を引くような言動を繰り返して同人を引き入れた上、本件犯行においても主導的役割を果たしていること、本件犯行の際も、繰り返し被害者をもてあそび、あるいは卑猥な言葉を投げ掛けるなどしており、被害者に対する燐憫の情がうかがえないことなどに鑑みれば、その刑責は特に重いといわなければならず、現在では、懲戒免職処分を受けた結果、月賦契約で購入し、居住している土地・家屋も手放さざるを得なくなっていることなどの事情を更に参酌しても、主文の刑を免れない。

また、被告人乙についても、警ら勤務の相勤者として当然被告人甲の違法な行為を監視し、これを抑止すべき立場にあったのに、本件に至るまでの前記被告人甲の行動を黙認又は放置したばかりか、本件犯行においては当初から共犯者として行動しているのであって、本件犯行の特質、ひいてはそのもたらした影響の大きいことなどに照らし、その責任は本質的に被告人甲と変わらないというべきである。しかしながら、他方、被告人乙については、前記の有利な情状に加え、本件犯行に至る経緯から一貫して従属的立場にあったものであり、本件犯行においても、そのわいせつの行為の程度は被告人甲に比べれば軽かったといえることなどの酌むべき事情もあるので、これに被告人甲との職務上の地位の相違等一切の事情を考慮して、主文の刑に処するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福島裕 裁判官草野真人 裁判官藤井俊郎)

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